石積み文化論~石積みを通して見る日本文化~

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突然ですが皆さん、石積みは好きですか?

歴史ある城郭や神さびた寺社の石垣など、日本文化には欠かせない存在の石積み。

石ひとつひとつの重厚感が織りなす迫力と、整然と積まれた優美な佇まいに魅了される方も多いはず。

石積みの工法や種類についての紹介はネット上に多々見受けられますが、文化的な側面に焦点を当てたものはあまりないように感じられたので、今回は石積みを通して見る日本文化について書いていきます。

石積みの町と穴太衆

なにを隠そう弊社は、石積みの町として名高い滋賀県の坂本にあります。

比叡山延暦寺の門前町として栄えた坂本には石積みが多く、坂本駅の改札を抜ければ綺麗に積まれた石積みたちが歓迎してくれます。

しかし、何故石積みの町になり得たのでしょうか。

それは坂本を舞台に活躍していた石工集団・穴太衆(あのうしゅう)の存在にあります。

穴太衆が活躍したのは安土桃山時代。たくさんのお城が建てられた戦乱の世です。

その石積みの高い技術は、時の権力者・織田信長や豊臣秀吉に目を付けられ、様々な城郭の石積みを頼みこまれたほど。

穴太衆が手掛けた城郭の石積みは全国に散らばっており、安土城や姫路城、竹田城、さらに大阪城や名古屋城、江戸城にも穴太衆の手が入ったといわれています。

もはやここまでくると日本の石積み=穴太積みといっても過言ではないでしょう。

あの信長も認めた穴太衆の石積みは、果たしてなにが他と違うのでしょうか。

世界と比べる穴太積みの特徴

世界的に有名な石積みといえば南米・インカ帝国の石積みでしょうか。

ペルーの世界遺産・マチュピチュで目にすることができる石積みは、よくカミソリ一枚すら通らない程隙間がないと形容されるように、石と石とが一枚の壁の様にぴったりくっついています。

その超絶技巧具合は宇宙人の仕業だと言われるほどで、確かにすごいです。

しかしマチュピチュの石積みと安土城の石積みを比べると似ても似つきませんね。

マチュピチュ

安土城

マチュピチュの方は人の手によって石を整形していますが、安土城は自然石をそのまま使う野面積みです。

確かに日本でも、石を整形して積む打ち込み接ぎや切り込み接ぎ、亀甲積みなどの手法が用いられましたが、穴太衆による野面積みが日本の石積みの代表格として大きな地震にも負けず、今も残っているのが現状です。

では、日本文化のルーツである大陸の石積みはどうなのか。

中国の世界遺産・万里の長城に見るように、大陸の石積みは漆喰などの接着剤を使うものが多かったようです。

しかし穴太積みは接着剤を一切使わない空積みという工法で積まれていきます。

一見、接着剤を使った方が頑丈になる気がしますが、日本に伝わると空積みであることに重点を置いた。

この日本化の原因は、やはり日本の風土にありました。

日本の風土・環境が育てた穴太積み

日本の気候の特徴といえば、高温多湿。そして地震や台風などの天災に度々見舞われるということ。

高温多湿で雨量の多い日本における石積みの要点は、水はけを良くすることでした。

接着剤で石と石の間を塞いでしまっては水の逃げ場がなくなり、崩落の原因になるため接着剤を使わない空積みを選んだのでしょう。

また、マチュピチュのあるペルーは日本と同じく地震大国と言われていますが、ペルーは地底のプレートが2つ、日本は地底のプレートが4つぶつかっている上にあるので、日本の方が地震は多発しています。

穴太積みは隣り合う石の表面ではなく、内部の控えで噛み合うより揺れに強い構造なので、マチュピチュのように石の表面を加工する必要はなかったのでしょう。

むしろそれによって石と石の凹凸、いわゆる「間(ま)」が生まれ、ずっしりとした石の重厚感と深みがもたらされました。

石と石の隙間をきっちり合わせる石積みは確かに綺麗ですが、日本の気候・風土そぐわないこと、そして石本来の良さを殺した貼り石のような薄っぺらさを感じてしまいます。

穴太積みこそが、用と美を兼ね備えた世界に誇れる日本の石積みといえるでしょう。

石積みを通して見る日本文化

以上、穴太積みにおける日本の石積みの特色を紹介してきました。

では、この石積みを通して垣間見る日本文化の片鱗とは一体なんなのでしょうか。

それは日本の自然に根差したものであること、そして「間」があることだと私は思います。

石積み以外の伝統技術や伝統芸能にも言えますが、この2つこそが日本文化を日本文化足らしめている正体だと私は思います。

例えば五重塔。

五重塔は端的に言えば装飾的なお墓ですが、内部は「心柱」と呼ばれる一本の柱があるだけの空洞で、それゆえ地震に強い柔構造になっています。

自然を畏れ敬い、余白の大事さを知っていた日本人がつくり出すものは一見フラジャイルで仮設的ですが実は頑強なものでいっぱいです。

中身は空っぽだけど、強い。

このイメージは宵越しの金は持たず喧嘩っ早い粋な江戸っ子のイメージとも重なります。

本来、日本人はそうだったのでしょう。

西欧の哲学者の様に確固とした自己を形成する必要もなく、江戸っ子たちは自己と他人の境界もないような世の中で貧しくも楽しく暮らしていた。

ですが現代はもう違います。

西欧の思想が大きく反映される現代では、自分の生きる意味が見つからないせいで自殺者がでる程になりました。

生きる意味がなくては虚無感に押しつぶされそうになる世の中になりました。

これは私の根拠のない持論ですが、これからは西欧の哲学者の様に自己の生きる意味を確立させたうえで、古来の日本人の様に無常の世を楽しく生きるのがいいのかなぁなどと思ったりします。

西欧からの虚無を拒絶するのでも甘んじて受け入れるのでもなく、無常観の下に日本化してしまうのです。

でも自分の生きる意味を探すのは大変です。

探すのに疲れた時は、石積みをはじめゆかしいものに紛れ、日本の自然と余白の中で問答してみてはいかがでしょうか。

記事・・・飛田亮

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