石積み文化論~石積みを通して見る日本文化~

突然ですが皆さん、石積みは好きですか?

歴史ある城郭や神さびた寺社の石垣など、日本文化には欠かせない存在の石積み。

石ひとつひとつの重厚感が織りなす迫力と、整然と積まれた優美な佇まいに魅了される方も多いはず。

石積みの工法や種類についての紹介はネット上に多々見受けられますが、文化的な側面に焦点を当てたものはあまりないように感じられたので、今回は石積みを通して見る日本文化について書いていきます。

石積みの町と穴太衆

なにを隠そう弊社は、石積みの町として名高い滋賀県の坂本にあります。

比叡山延暦寺の門前町として栄えた坂本には石積みが多く、坂本駅の改札を抜ければ綺麗に積まれた石積みたちが歓迎してくれます。

しかし、何故石積みの町になり得たのでしょうか。

それは坂本を舞台に活躍していた石工集団・穴太衆(あのうしゅう)の存在にあります。

穴太衆が活躍したのは安土桃山時代。たくさんのお城が建てられた戦乱の世です。

その石積みの高い技術は、時の権力者・織田信長や豊臣秀吉に目を付けられ、様々な城郭の石積みを頼みこまれたほど。

穴太衆が手掛けた城郭の石積みは全国に散らばっており、安土城や姫路城、竹田城、さらに大阪城や名古屋城、江戸城にも穴太衆の手が入ったといわれています。

もはやここまでくると日本の石積み=穴太積みといっても過言ではないでしょう。

あの信長も認めた穴太衆の石積みは、果たしてなにが他と違うのでしょうか。

世界と比べる穴太積みの特徴

世界的に有名な石積みといえば南米・インカ帝国の石積みでしょうか。

ペルーの世界遺産・マチュピチュで目にすることができる石積みは、よくカミソリ一枚すら通らない程隙間がないと形容されるように、石と石とが一枚の壁の様にぴったりくっついています。

その超絶技巧具合は宇宙人の仕業だと言われるほどで、確かにすごいです。

しかしマチュピチュの石積みと安土城の石積みを比べると似ても似つきませんね。

マチュピチュ

安土城

マチュピチュの方は人の手によって石を整形していますが、安土城は自然石をそのまま使う野面積みです。

確かに日本でも、石を整形して積む打ち込み接ぎや切り込み接ぎ、亀甲積みなどの手法が用いられましたが、穴太衆による野面積みが日本の石積みの代表格として大きな地震にも負けず、今も残っているのが現状です。

では、日本文化のルーツである大陸の石積みはどうなのか。

中国の世界遺産・万里の長城に見るように、大陸の石積みは漆喰などの接着剤を使うものが多かったようです。

しかし穴太積みは接着剤を一切使わない空積みという工法で積まれていきます。

一見、接着剤を使った方が頑丈になる気がしますが、日本に伝わると空積みであることに重点を置いた。

この日本化の原因は、やはり日本の風土にありました。

日本の風土・環境が育てた穴太積み

日本の気候の特徴といえば、高温多湿。そして地震や台風などの天災に度々見舞われるということ。

高温多湿で雨量の多い日本における石積みの要点は、水はけを良くすることでした。

接着剤で石と石の間を塞いでしまっては水の逃げ場がなくなり、崩落の原因になるため接着剤を使わない空積みを選んだのでしょう。

また、マチュピチュのあるペルーは日本と同じく地震大国と言われていますが、ペルーは地底のプレートが2つ、日本は地底のプレートが4つぶつかっている上にあるので、日本の方が地震は多発しています。

穴太積みは隣り合う石の表面ではなく、内部の控えで噛み合うより揺れに強い構造なので、マチュピチュのように石の表面を加工する必要はなかったのでしょう。

むしろそれによって石と石の凹凸、いわゆる「間(ま)」が生まれ、ずっしりとした石の重厚感と深みがもたらされました。

石と石の隙間をきっちり合わせる石積みは確かに綺麗ですが、日本の気候・風土そぐわないこと、そして石本来の良さを殺した貼り石のような薄っぺらさを感じてしまいます。

穴太積みこそが、用と美を兼ね備えた世界に誇れる日本の石積みといえるでしょう。

石積みを通して見る日本文化

以上、穴太積みにおける日本の石積みの特色を紹介してきました。

では、この石積みを通して垣間見る日本文化の片鱗とは一体なんなのでしょうか。

それは日本の自然に根差したものであること、そして「間」があることだと私は思います。

石積み以外の伝統技術や伝統芸能にも言えますが、この2つこそが日本文化を日本文化足らしめている正体だと私は思います。

例えば五重塔。

五重塔は端的に言えば装飾的なお墓ですが、内部は「心柱」と呼ばれる一本の柱があるだけの空洞で、それゆえ地震に強い柔構造になっています。

自然を畏れ敬い、余白の大事さを知っていた日本人がつくり出すものは一見フラジャイルで仮設的ですが実は頑強なものでいっぱいです。

中身は空っぽだけど、強い。

このイメージは宵越しの金は持たず喧嘩っ早い粋な江戸っ子のイメージとも重なります。

本来、日本人はそうだったのでしょう。

西欧の哲学者の様に確固とした自己を形成する必要もなく、江戸っ子たちは自己と他人の境界もないような世の中で貧しくも楽しく暮らしていた。

ですが現代はもう違います。

西欧の思想が大きく反映される現代では、自分の生きる意味が見つからないせいで自殺者がでる程になりました。

生きる意味がなくては虚無感に押しつぶされそうになる世の中になりました。

これは私の根拠のない持論ですが、これからは西欧の哲学者の様に自己の生きる意味を確立させたうえで、古来の日本人の様に無常の世を楽しく生きるのがいいのかなぁなどと思ったりします。

西欧からの虚無を拒絶するのでも甘んじて受け入れるのでもなく、無常観の下に日本化してしまうのです。

でも自分の生きる意味を探すのは大変です。

探すのに疲れた時は、石積みをはじめゆかしいものに紛れ、日本の自然と余白の中で問答してみてはいかがでしょうか。

記事・・・飛田亮

庭園という名の芸術作品。世にも美しい美術館・博物館の日本庭園8選

以前、人生に一度は訪れてみたい高級旅館・料亭の日本庭園を紹介しました。

それに関連して、今回は美術館・博物館にある日本庭園を紹介していきたいと思います。

美を追求する美術館ゆえに、庭園も手入れの行き届いた美しいものばかり。

きっと行ってみたくなること間違いなしです。

本間美術館

出典:http://www.mokkedano.net/spot/400

  • 所在地・・・山形県酒田市御成町7-7

戦後初の私立美術館として開館し、京風の純和風建築「清遠閣」や鳥海山を借景とした「鶴舞園(かくぶえん)」という池泉回遊式庭園を楽しむことができます。

庭園には地元の石や、佐渡の赤玉石、伊予の青石など諸国の銘石や石灯籠が随所に使われています。

根津美術館

出典:http://irui14th.blog49.fc2.com/blog-entry-115.html

  • 所在地・・・東京都港区南青山6丁目5−1

根津嘉一郎氏のコレクションと共に、17,000㎡もの広大な庭園を楽しめる美術館です。

園内には数多くの茶室や石造物があり、庭園の自然美との調和を楽しめます。

毎年4月末には茶室・弘仁亭前の池にはカキツバタが一面に咲き誇り、この時期に合わせて尾形光琳の代表作「燕子花図屏風」が展示されます。

東京国立博物館

出典:https://4travel.jp/travelogue/11069797

  • 所在地・・・東京都台東区上野公園13−9

トーハクでおなじみの東京国立博物館ですが、意外と日本庭園があることを知られていません。

それもそのはず、春と秋にしか一般公開されておらず、中々タイミングが合わないと見学できないからです。

園内には貴重な茶室や建物が見られ、桜やモミジと共に庭園散策を楽しめます。

玉堂美術館

出典:https://tabisuke.arukikata.co.jp/mouth/96503/

  • 所在地・・・東京都青梅市御岳1丁目75

明治~昭和にかけて活躍した日本画家・川合玉堂の作品を展示する美術館。

東京では珍しい枯山水式の庭園を楽しむことができます。

奥多摩の山々に囲まれ、渓谷のせせらぎを聴きながら静寂のひとときを過ごせます。

箱根美術館

出典:http://www.odakyu-hotel.co.jp/sightseeing/%E7%AE%B1%E6%A0%B9%E3%81%AE%E7%BE%8E%E8%A1%93%E9%A4%A8/%E7%AE%B1%E6%A0%B9%E7%BE%8E%E8%A1%93%E9%A4%A8/

  • 所在地・・・神奈川県足柄下郡箱根町強羅1300

箱根の中で最も古い美術館で、宗教家・岡田茂吉の蒐集した美術品が展示されています。

庭園の美しさも随一で、苔庭には様々な種類の苔が育ち、秋には紅葉したモミジとのコントラストが美しさを際立たせます。

重森三玲庭園美術館

出典:http://torapi.fc2web.com/200803shigemori.htm

  • 所在地・・・京都府京都市左京区吉田上大路町34

昭和を代表する作庭家・重森三玲の旧宅で、書院や茶室、庭園を見学することができます。

庭園では三玲独特の立石を多用する石組みや、園路や苔の優雅な曲線美を楽しめます。

イサム・ノグチ庭園美術館

出典:http://www.isamunoguchi.or.jp/

  • 所在地・・・香川県高松市牟礼町牟礼3519

世界的な彫刻家、イサム・ノグチが構えたアトリエにつくられた美術館です。

イサム・ノグチが晩年過ごした家や、彫刻のある庭園を見学できます。

牟礼町は高級な石材である庵治石の産地として知られている石の町です。

足立美術館

出典:http://www.yasugi-kankou.com/index.php?view=5287

  • 所在地・・・島根県安来市古川町320

アメリカが選ぶ日本庭園ランキング「ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ガーデニング」で15年間1位に選ばれ続けている、言わずと知れた美術館です。

主に横山大観の作品と、5万坪に及ぶ6つの庭園を鑑賞することができます。

 

以上、美術館・博物館の日本庭園を紹介してきました。

芸術作品と庭園美、どちらも一緒に楽しめる美術館にぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。

記事・・・飛田亮

人生一度は訪れたい。美しい日本庭園のある旅館・料亭10選

日本庭園。それは日本文化と自然の素晴らしさに浸れるこの上なく贅沢な空間です。

日常とは切り離されたゆったりとした時間の流れの中で、心に安らぎをもたらしてくれます。

今まで数々の日本庭園をこのブログで紹介してきましたが、今回紹介するのは贅沢中の贅沢を味わえる高級な旅館やホテル、料亭にある日本庭園です。

中々普段はお目にかかれませんが、死ぬまでに一度は訪れてみたい日本庭園を紹介していきます。

庭園の宿 石亭

出典:https://rlx.jp/21058/

  • 所在地・・・広島県廿日市市宮浜温泉3-5-27

日本を代表する世界遺産のひとつ、宮島の対岸にある庭園の宿。

1500坪の広さの日本庭園を取り囲むようにして12の客室が佇みます。

瀬戸内の島々と海を借景にした日本庭園を眺めながら、至福のひと時を過ごしてみたいものです。

御所西 京都平安ホテル

出典:http://s.webry.info/sp/30047809.at.webry.info/201803/article_19.html

  • 所在地・・・京都市上京区烏丸上長者町上ル

京都市内のど真ん中に位置する京都平安ホテルの日本庭園です。

江戸時代に公家屋敷の庭園としてつくられたおよそ500坪の池泉回遊式庭園。

庭園好きなら知らぬものはいない小川治兵衛氏により改造された庭で、鞍馬石や加茂川石、白川石など京都名産の景石が至る所に使われています。

東府や Resort&Spa-Izu

出典:https://rlx.jp/26452/

  • 所在地・・・静岡県伊豆市吉奈98

歴史ある伊豆の吉奈温泉にあるスパリゾートです。

和モダンな雰囲気に浸りながら食事や温泉を楽しめます。

周りを山々に囲まれた風光明媚な空間で、庭園と共に贅沢なひと時を過ごせます。

八芳園

出典:http://www.happo-en.com/

  • 所在地・・・東京都港区白金台1-1-1

都内にある結婚式場・宴会場の中でも人気が高い八芳園。

1万坪もの広大な庭園は池泉を中心に広がり、サクラやモミジなど四季折々の表情を見せ楽しませてくれます。

園内には滝や茶室、大燈籠などが配され、至る所で和の美しさを感じられます。

庭園は無料で一般公開されています。

皆美館

出典:https://sunchi.jp/sunchilist/izumomatsue/38462

  • 所在地・・・島根県松江市末次本町14

宍道湖を借景とする白砂青松の庭園を楽しめる旅館です。

枯山水式庭園の15本のマツは絶妙なバランスで樹形が整えられ、その背後には夕日の美しい宍道湖が広がります。

数々の文人たちに愛された老舗旅館として知られています。

地魚の宿 運龍

出典:https://rlx.jp/25585/

  • 所在地・・・静岡県賀茂郡河津町梨本439

森と渓流に囲まれた深山幽谷の世界に佇む温泉旅館。

大自然を感じながら9種11の湯船で湯めぐりを楽しめます。

中庭の池には錦鯉がゆったりと泳ぎ、心身共にリラックスできる癒しの宿です。

湯村­常磐ホテル

出典:https://www.yadoran.jp/magazine/158476

  • 所在地・・・山梨県甲府市湯村2-5-21

湯村温泉郷に佇む風雅なホテルです。

皇室御用達の由緒正しきホテルで、アメリカが選ぶ日本庭園ランキングでは、足立美術館、桂離宮に次ぐ3位にランクインしたこともあります。

ホテルニューオータニ東京

出典:https://travel.rakuten.co.jp/HOTEL/28439/28439.html

  • 所在地・・・東京都千代田区紀尾井町4‐1

都会のオアシスといっても過言でないほどの深い緑に包まれた庭園が魅力のホテルです。

高さ6mの大滝が印象的で、朱塗りの橋から眺めるのもよし、真下から眺めるのも圧巻で様々な趣を味わえます。

庭園は一般にも公開されているようです。

松田屋ホテル

出典:http://www.matsudayahotel.co.jp/

  • 所在地・・・山口県山口市湯田温泉3-6-7

幕末の維新志士たちとの所縁の深い温泉旅館です。

維新の歴史に思いを馳せながら、貴重な文化財がある庭園を見て回ることができます。

八勝館

出典:https://www.youtube.com/watch?v=1hnI6OxyEIk

  • 所在地・・・愛知県名古屋市昭和区広路町石坂29

北大路魯山人と所縁の深い高級料亭です。

およそ4000坪の広大な日本庭園は一面苔の緑で覆われ、秋には紅葉したモミジとのコントラストが抜群に美しい庭園美に魅了されます。

茶道など伝統芸能との関わりが深く、数寄屋建築と日本庭園の調和っぷりには度肝を抜かれます。

 

以上、私が一度は訪れたいと思う美しい日本庭園のある旅館・料亭を紹介してきました。

高級な日本庭園巡りはお金がいくらあっても足りない趣味ですが、せめてここで紹介した庭園には必ず訪れたいです。

記事・・・飛田亮

日本文化に欠かせない!竹のもつ内面的な魅力を語る

突然ですが皆さん、「竹」好きですか?

古都・京都など歴史的な街並みを散策していると必ず目につく竹垣。

日本の文化的なものや伝統味のあるものには必ずと行っていいほど竹の存在が付きものです。

その反面、現代の私たちの生活からは竹の姿がほとんど消え去りました。

日本人と竹の付き合いは縄文時代後期には始まっていたといわれます。そのころから竹かごを編んで生活に利用していました。

それが戦後の経済成長と共に影を潜めていき、今では安価で簡単に手に入る化学製品にその座を奪われています。

縄文時代後期から戦後の経済成長までがおよそ3000年。

戦後の経済成長から現代までがおよそ50年。

3000年間続いてきた竹との家族づきあいをこの僅か50年で断ち切ってしまった我ら日本人。

無限の可能性を秘めていた竹やぶも、今では放置され荒れ果て厄介者扱いされている有様です。

竹に限らず長い歴史をもつ日本文化のほとんどを置き去りにしてきた私たちは、まるで現代は仮初めの浮世を生きているような感じさえしてきます。

いや、「仮初め」や「浮世」は日本文化の特徴を表すいい言葉ですが、仮初めの仮に対する真が、浮世の浮いた足の着地点が、この50年ほどで異物にすげ替えられてしまった感が否めません。

果たしてこのままでいいのでしょうか。確かに生活は便利で快適になりましたが、この心にぽっかり空いた空洞はなんなのでしょうか・・・。

中身が空洞の竹

空洞といえば、竹は中身が空っぽです。

かぐや姫が入っていたように、丈夫な幹の内側はぽっかりと空いた虚(うつ)なのです。

竹は松竹梅と称されるように、お正月に飾る縁起物としても知られています。門松は本来松が主役ですが、竹が主役といってもいいくらい目立ちますね。

どうやら竹が縁起がいいとされる由縁は、中身が空っぽということにも関係があるようです。

それは古代の日本人が、竹の空洞になにか神聖な畏れを感じてきたからです。

あれ程早く丈夫に成長する竹なのに、中身はなにもない。きっと一種の不気味さを伴う不思議な感覚が巻き起こったのでしょう。

その空洞には神が宿るとされ、かぐや姫の話ができたのも納得がいきます。

竹は中身が空っぽだからこそ加工がしやすく身近な存在になり、また精神面においても日本人と竹は波長の合う間柄だったのでしょう。

日本の中空構造

この考えに確信を持たせてくれたのが「中空構造日本の深層」という本でした。

心理学者の河合隼雄氏が1982年に出版した本で、日本という国の本質は空っぽだという、なんとも衝撃的で面白い本です。

確かに日本文化には中身が空っぽのものが多い。

例えば神社の最深部である本殿にはなにも祀られていないというケースはよくあることです。

伊勢神宮の本殿にも心御柱があるだけですし、しかも神様は去来するもの、常にそこにはいません。

日本人の自然観にしても、古来「自然」という語を「おのずから」と読んだように、西欧のように自然において意味や本質を求めることなく、ただ自ずから存在するものとして見ていたことも中空構造と関係あるでしょう。

人間の心の捉え方にしても、西欧はとことん理詰めで解き明かしていくのに対し、日本人は和歌に託すなど本来的な心を追及する姿勢が希薄で、仏道修行においては心そのものを否定する方向にさえ向かいました。

あまつさえ日本という国のシステムである天皇制も、中空構造といえるのではないでしょうか。

天皇はいつも国の中心にいながら実質的な権力を振るわず、その周辺の貴族や武士たちが国を動かしてきました。

では天皇が力をもつとどうなるか。第二次世界大戦時には軍部の暴走により昭和天皇が日本軍の大元帥に仕立て上げられた訳ですが、その結果は言うまでもありません。

日本には世界に類を見ない平安の350年、江戸の250年という平和な時代がありましたが、これは天皇という国の中心でありながら空の存在がいたからこそだと思います。

私はこれらの事例と竹との連関を考えずにはいられません。

日本文化そのものを体現したような竹という存在。それは私たち日本人の誇りとして、受け継いでいかなくてはならないものだと思います。

 

ちょっと脱線しがちでしたが、竹の内面的な魅力を感じてくれたでしょうか。

竹や日本文化特有のなにもないからこそ感じる間の文化。それこそがこれからの世界を豊かにしてくれるものだと私は本気で思っています。

竹と共にあった3000年の歴史が、再び紡ぎ出されることを願うばかりです。

記事・・・飛田亮

弘匠塾~石組研修の様子~

先日、弊社にて行われた石組研修の様子をお伝えしていきます。

整地

 

石組み庭園の舞台となるのは、弊社の土場の一画。

我らが親方、会長の頭にある自然味溢れる風景の一コマが果たしてどんな形でこの土場に体現されていくのか。

会長の手となり足となり動く私たちに過る一抹の不安と責任感。

そしてそれらをはるかに上回る期待と喜びを感じながら、ひたすら土場を整地していきます。

今回の研修に参加していただいたのは15名程の方々。皆で整地したのであっという間にきれいになりました!

位置だし

会長が今朝数十分で描いたという、風流な一大絵巻物と見紛う図面をみながら、会長自ら景石や流れの形をマーキングしています。

どうやら大まかに滝石組と流れ、蹲踞をつくるみたいです。

ピンクのマーキングは盛り土する箇所。

中央の流れの部分を深く掘り下げ、出た土で周りにいくつか築山をつくっていきます。

さあ、ここからユンボのターン!

掘削・盛り土

ユンボで流れの部分を掘り進めていきます。

掘るものと築山を成形するものとで分かれて作業。

土が濡れているのは、土が乾いていると扱いずらいので濡らして固めやすくしています。

だんだんと庭の地形ができてきて、その全貌が明るみになってきました。

土のアンジュレーションだけでこれ程までに場の動きが出せるものなのかと感心してしまいました。

滝石組

ある程度地形ができたところで、いよいよ石を据えていきます。

まずはこの庭の主役といっても過言ではない滝石組からです。

ユンボの動線の関係で、予定とは異なる場所に滝石組をつくることになりました。

想定外の事象をものともしない臨機応変な柔軟な判断は、底知れない経験値から導き出されたものでしょう。さすが会長です。

倒れそうで倒れない、動きのある石組が滝石組のポイントなのだそう。

金八先生じゃないですけど、「人」の字の様に石と石とが重ね合わさる点の力の均衡が、この滝石組からはじりじりと力強く感じられます。

よく石の向きや形が空間に作用する力を「気勢」といいますが、このじりじりとした芯を揺さぶる地響きのような力は「気響」とでもいえましょうか。

楽器で例えるなら気勢がギターで、気響がベース。

この2つの音色が奏でる心地いいハーモニーが、会長の石組の真骨頂だと私は勝手に思っています。

流れ蹲踞

ある程度滝石組ができたところで、次はつくばいをつくっていきます。

つくばいはつくばいでも、流れのつくばいです。

水の流れの中に手水鉢があることを想定して石を据えていきます。

つくばいは庭の中でも実用性の高いところなので、実際に屈んで使いやすい位置に据え付けます。

また、手水鉢の中に実際水を入れ、水の溢れる向きを微調整していきます。

手燭石と湯桶石も据え付け、流れ蹲踞の完成です。

灯籠・飛び石・仕上げ

中くらいの石を3つ合わせていますが、これは灯籠を据え付ける土台です。

飛び石も着々と据えられていき、岬灯籠も置かれました。

岬灯籠は桂離宮にあるものが有名で、池を海に、岬灯籠は海を照らす灯台に見立てられて据えられています。

滝石組の周りにも景石が据えられ、更に迫力のある石組になっていきます。

最後に切石を据え、仕上げに全体を慣らして完成です。

切石を据えたことでアクセントになり、より自然石の野趣感や石組の力が強まりました。

完成

最初の写真の土場とはまるで見違えるよう。同じ空間とは到底思えません。

会長の底知れない凄さを垣間見ることができ、自ずから恐悦至極の域に達っすることを禁じ得ませんでした。

今回の研修で学んだことは大きく3つ。

まずは土の効果的な使い方。

庭づくりにおいて土盛りが最も安価でありながらダイナミックな演出ができることを身をもって知りました。

そして今回の目玉、景石や石組の据え方。

状況や目的によって据え方は異なり、中でも動きのある石組について学ぶことができました。

そして思想的な面では、近ごろ考えていた日本庭園における石の重要性についての答えを導き出してくれました。

日本庭園の3大要素とは木、水、石だといわれますが、木や植物だけ植えてあってもそれは樹木園や花壇に他ならないし、水だけが流れていてもそれはビオトープや噴水で日本庭園ではありません。

しかし、石や土さえあれば日本庭園はつくれてしまう。

というかそれこそが日本庭園の特色だということは石以外を排した枯山水の庭で歴史が証明していますね。

石とは日本庭園の中核をなす骨格であり、石が無ければ日本庭園とはいえないとまでいえるでしょう。

日本庭園の伝統は石と共にある。それはこれから先どんな庭がつくられようとも変わることのない鉄の掟ならぬ石の掟なのだと思います。

 

以上、石組講習の様子をお伝えしました。

弘匠塾、まだまだ塾生募集中ですので気になった方はぜひ近江庭園までご連絡くださいませ。

記事・・・飛田亮

庭師とめぐる庭めぐり~松花堂つばき展&京都一の桜の名所・原谷苑~

3月の末日、丁度サクラが見頃の頃、京都へお花見に行ってまいりました。

訪れたのは以前も記事にした松花堂と、京都一サクラが美しいといわれる原谷苑。

今回はこの2つの庭めぐりをレポートしていきます。

松花堂つばき展

まず訪れたのは松花堂。

松花堂の詳しい説明は以前の記事で書いたので省きます。

この時松花堂ではつばき展が開催されており、それを目当てにきました。

つばき展開催中の園内は、様々な品種のツバキの花と竹細工で彩られます。

花の様に見える、竹を編んだつくっている竹細工。

簡素ながらも一工夫が施された竹細工たちは、全てシルバーさんの手づくりだそうです。

以前訪れたときは古くなっていた扇垣は、ピカピカの青竹に新調されていました。

全くシルバーさんの自由な発想力には脱帽です。

切る、組む、並べる、曲げる、編む。竹の特性を活かしたユニークな竹細工たち。

よく見ると粗がありますが、それがまた楽しんでつくっている感がでていて逆にいいです。

現代の庭師よりもよっぽど庭師っぽいことしているなあと少し羨ましくも思いました。

見事に咲いたシダレザクラの下にもおもしろい竹細工がありました。

建物内には、ツバキの品種が並べられていたり、ツバキを使った生け花やアート作品が展示されていました。

これらのアート作品はシルバーさんではなくその道のプロの方々が出展しています。

 

お茶を点てる茶筅のような形をした竹細工もありました。

以上、松花堂つばき展でした。

このつばき展、というかシルバーさんからはたくさんのことを学ばせてもらいました。

ここは私にとってなぜ自分が庭師になったのかを問いただしてくれる場であり、単純に花の美や竹の技を楽しむと同時に庭師としての焦燥感を覚えさせてくれました。

これに習って、私が毎週管理させて頂いている庭では水鉢にツバキを飾るようにしています。

松花堂つばき展から学んだ最も実践的なことは、「園内のものを無駄にせず最大限効果的に使うおもてなしの心」。これに尽きます。

シルバーさんと競う訳じゃないですが、見せられてばかりではやっぱり悔しいので今まで私がつくってきた竹細工たちをちらっと載せて終わりにします。

原谷苑

原谷苑は京都市内の北、金閣寺よりも更に山を北に越えたところにあります。

近年一般公開されたそうで、噂がどんどん広がり今では京都随一の桜が楽しめる場所として知られるようになりました。

園内には数百本の桜の木が植わり、桜以外にも様々な花木で埋め尽くされているのでまさに百花繚乱の桃源郷。

ツツジとシャクナゲの交配種、吉野ツツジ

アセビ

レンギョウ

ユキヤナギ

ヤマブキ

シャクナゲ

ミツマタ

モミジも植わっているので、見どころは桜だけでなく秋には紅葉も楽しめます。

ただ、庭の骨格となる石が一切見当たらず、庭園ではなくあくまで農園、さくら園なのでご注意を。

ただ単に満開のサクラの下でお花見を楽しむのには最高のスポットだと思います。

その代わり入苑料はお高く、アクセスが悪く、人も混雑しています。

それでもサクラを楽しみたいという方には、ぜひおすすめしたい場所です。

 

記事・・・飛田亮

庭師とめぐる庭めぐり~竹と椿の名勝・松花堂庭園【後編】~

前回に引き続き、京都府八幡市にある松花堂庭園をレポートしていきます。

松花堂庭園に行ってみた【後編】

梅隠につづき2つ目の庭園茶室「松隠」です。

梅隠よりも格式高い感じがしました。

松隠の前にある蹲踞の周りには背の高いダイスギがたくさん植わっていました。

ダイスギの歴史は室町時代にまで遡り、京都・北山で生まれました。

関東育ちの私としては初めてダイスギを目にしたときはこんなスギもあるのかと衝撃を受けたものですが、京都の庭には欠かせない存在です。

そばにはちょっとした梅園があり、紅白のウメがきれいに咲いていました。

しかし、梅園の中に一本だけ気になる存在が・・・。

素知らぬ顔で「ウメモドキ」が紛れ込んでいました。

ウメモドキはウメとは違いモチノキ科の植物で、葉や花の形がウメに似ていることから名付けられたとされています。

ウメの中にウメモドキを植えたユーモアに感服です。

年季の入った枝折り戸。

先日枝折り戸の作成に挑戦したばかりだったので、自然と注目してしまいます。

朽ちかけでも充分風情がありました。

錠前の箍(たが)はツルを編んでつくられていました。

編み方が少し難しいため竹でつくっているところは少なくなっていると聞いたことがありますが、本当なのかもしれません。

3つ目の庭園茶室「竹隠」です。庭園茶室は園内に3つ、「松竹梅」でおめでたいですね。

竹隠の周りにはその名の通り様々な種類のタケやササが植えられています。

なかでも竹の中で最も美しいとされる「キンメイモウソウチク」が植わっていて驚きました。

モウソウチクの突然変異で、西日本に数か所しか発見されていない希少な種です。

綺麗なものだと金色と緑色の市松模様を描くといわれています。

寒竹あやめ垣。

萩小松明垣。

萩穂垣。

袖垣の種類も豊富で、見ていて飽きません。

茶室の入り口には竹の節を用いて優美な連峰が描かれていました。

こういうのを見たときに、日本文化の素晴らしさを実感します。

ホウオウチクの生垣。

ホウオウチクはガーデンポーターでも商品として扱っていますが、生垣になっているものは初めて目にしました。

奥の背の低い竹垣は金閣寺垣です。

少し進んだところにある芝生広場には、大きなシダレザクラがありました。

満開の時期にもう一度来てみたいものですね。

足元には面白い竹垣があるのも注目です。

光悦寺垣に似た竹垣で、2つ並んでいるからか看板には「双竜垣」と書かれていました。

カーブの美しさが引き立つ竹垣で、思わず間を通りたくなりますね。ちなみに奥はトイレです。

園内には竹でつくられた案内がいくつもあり、ぶら下げたものが風で飛ばないよう小枝を刺すなど工夫してありました。

こういう細かなところにもセンスが光ります。

椿園に向かう途中、桂離宮で有名な桂垣がありましたが、看板には「昭乗垣」と書いてありました。

どうやら竹穂の並べ方が松花堂庭園オリジナルのものだそうです。

こちらが椿園。

まだちょっとだけ時期が早かったのですが、いくつか咲いていて十分楽しめました。

中には一見ツバキには思えない珍しい品種のものもありました。

草庵茶室・松花堂のある内園に進んでいきます。

薄べったい変わった形の石灯を発見しました。思わず顔がほころびます。

藤棚かと思いきや、絡んでいるのはフジではなくムベでした。

竹垣に使われていたツルも、もしかしたらフジではなくムベのツルかもしれませんね。

こちらが草庵茶室・松花堂。

竹の網代張り天井に描かれた太陽と鳳凰が印象的でした。

松花堂の前にはナギが数本植わっていました。

日本庭園で目にするのは珍しく、庭木仕立てになっていたのが新鮮でした。

ちなみに松花堂の躙り口の側には可愛らしいハート形の窓があります。

実はこれ、ハートではなく「猪目(いのめ)」という伝統的な文様なんです。

時折神社やお寺でも目にすることがありますが、魔除けの意味が込められているそうです。

 

以上、松花堂庭園を紹介してきました。

行った後から知ったのですが、松花堂庭園では毎年春につばき展なるものを開催しているようで、その期間は園内が美しい椿や竹細工で装飾されるそうです。

今年2018年のつばき展は3/30~4/1なので、気になった方はこの期間に訪れることをおすすめします。

すっかり松花堂庭園のファンになってしまった私もつばき展を見に再度赴く予定ですので、またその時は記事にしたいと思います。

ちなみに庭園の隣にある松花堂美術館では、きれいな昭乗垣をじっくりとみることができるのでおすすめです。

記事・・・飛田亮

庭師とめぐる庭めぐり~竹と椿の名勝・松花堂庭園【前編】~

先日、京都府八幡市にある松花堂庭園に行ってきたのでレポートしていきます。

松花堂庭園は江戸時代初期の僧侶で、当時の文化人たちの中心的存在でもあった松花堂昭乗(しょうじょう)にゆかりのある庭園です。

園内には様々な種類の竹や椿が植栽され、「史跡 松花堂」など文化財のみどころもたくさん。

京都には名だたる名園たちが勢揃いで、私も数々の庭を見て回ってきましたがこの松花堂庭園にはかなりの感銘を受けました。

京都市内からもそれほど遠くないので、京都観光に来た際にはぜひおすすめしたい松花堂庭園を紹介していきます。

松花堂庭園に行ってみた

やってきました松花堂庭園。

京都駅から車で2~30分程の距離にあります。

庭園受付の建物にはあまりみられない仕上げ方の塗り壁が。

これは短冊形が幾重に折り重なっているように見える「スパニッシュ仕上げ」です。

日本庭園にスパニッシュ。これはなかなか斬新でおもしろい試みですね。

ガッチガチの伝統文化に固執しない、ユニークな心もちの方が管理してらっしゃるようで好感度アップです。

!?

入園してすぐ目に入ってくる光景。

美しい庭園であることは間違いないのですが、それ以上に気になってやまないのが謎の竹のオブジェ。

一目散に駆け寄り、思わず感嘆の声をあげる私。

これは創作垣でしょうか。綺麗な扇形をしているので扇垣とでもいうのでしょうか。

このユニークな発想、そしてそれをこんな格式高い名勝庭園でやってしまうダイナミックさに度肝を抜かれました。

すごいぞ松花堂庭園。

照明の足元には竹を使った小洒落た工夫がなされています。

園内にはこのように様々な種類の竹垣や竹細工が庭園美をよりいっそう惹き立て楽しませてくれます。

また、ここは竹の植物園だっけ?と見紛うほどに多種多様なタケが植えられており、竹マニアにはたまらない様相を呈しています。

例えばまず最初に出迎えてくれるのがこのホウライチク。

どういうわけか根っこの塊が地表に隆起し、生命力溢れる力強い姿に。

園内にはこのようなマニア垂涎ものの竹たちが出迎えてくれるのです。

さて、入園してすぐ右手からずーっと奥まで竹林が続き、それを横目にしばらく散策していきます。

黒く照り輝き、すらーっと細い幹が美しいクロチク林。

こちらは亀甲状の節が独特な雰囲気を醸し出すキッコウチク林。

様々な種類の竹林を見ながら歩いているだけでも飽きません。

竹の結界は、竹の枝部分を切らずにうまく使ってつくられていました。

素材の良さを最大限に使うものづくりの素晴らしさを、結界一つから教わるとは思いもよりませんでした。

ここでちょっと面白いものを発見。

わかりますか?ヒントは岩の上です。

なんと岩の小さなくぼみからマツの幼木が育っているではありませんか。

初めつくりものかと思いましたが本物です。

どうやって生えたのか、なぜ元気に育っているのか不思議で仕方ありません。

園路の左手には池泉が流れ、コイが優雅に泳いでいました。

コイをいたわる様に池の中にも竹をうまく活用していたのが印象的でした。

池泉の水を逃がすオーバーフローだと思いますが、コイが万が一落ちていってしまわないように竹の柵が設けられていました。優しい。

これは何故池泉に井戸ぶたが?と思いましたが、コイの隠れ家になっていました。優しい。

ひょっこり顔を出すコイたちが可愛らしく、コイの魅力をより引き出すアイテムとしても機能していました。

奥の方まで進むと、少し雰囲気が変わって茶室が見えてきました。

茶室の前にちょっと苔タイム。

庭園茶室「梅隠」。

茶室の前ではウメの花がちらほらと咲いていました。

茶室の袖垣には、萩の枝でつくられた光悦寺垣。

下地は丁寧に竹でつくられていて感動。

組子の結びにはシュロ縄ではなくツルが使われていました。

洋風の庭にも合いそうなナチュラルな垣根です。

茶室の周りにはツバキや、

アセビなどの花木が植えられています。

アセビは紅白で並んで植えられていました。

綺麗に苔むした手水鉢。

実は水琴窟になっており、地面に刺さった竹筒に耳を傾けると水滴の音が響きます。

一滴の水音で大海を、森羅万象を想起させるまことに日本的な仕掛けですね。

枯山水もそうですが、私たちの自然を求めてやまない根源的欲求が庭園においても水の要素を欲するのは必然だったでしょう。

しかしそれをここまで美的に表現した先代の発想に感服しますし、同時に現代の庭師としての焦りも覚えます。

茶室の裏手には丁寧につくられた建仁寺垣や竹穂垣がありました。

あまり人目の付きそうのないところでもぬかりない仕事ぶり。

延べ段も美しくつくられていました。

かなり裏手にあったタラヨウの木。

タラヨウの葉裏を強くなぞると変色し文字が書けるので「ハガキ」の語源となった木とも言われています。

こんな裏手まで散策に来るのはなかなかの庭園好き、植物好きだからでしょうか、葉っぱにはメッセージがたくさん書かれていました。

しかし、中には普通にペンで書いてあるものもあっておもしろかったです。

 

続きはまた来週、後編にてお送りします。

記事・・・飛田亮

枝折り戸をつくりました

突然ですが皆さん、枝折り戸ってご存知ですか?

主に竹や木の枝を用いてつくる簡素な扉のことで、日本庭園内や露地・茶庭に設置されています。

庭において和の風情を醸し出す竹の構造物。その代表的なものといえば竹垣でしょうが、この枝折り戸も竹垣と同じくらい和の庭には欠かせない存在です。

そして竹垣同様、現代の私たちの生活の中では姿を消しているものでもあります。

手軽に安く済む塩ビ製の商品も流通していますし、今の庭師のなかでも枝折り戸をちゃんと一から自分の手で作れる職人は少ないでしょう。

でもそれじゃまずいと思うんです。

実際つくれる人間がやむを得ない理由で既成の商品で済ますのは良しとして、つくった経験のないものが既成のもので済ますのは職人の名折れでしょう。

どんどん廃れていく伝統技術。まだ微かに残り香としてある日本人としてのアイデンティティすら喪失してしまえば、私たちは世界になにを誇り語れるのでしょうか。

日本文化と自然を愛する身として、職業としてそれらに携わる身として、そんなプライドと危機意識をもって枝折り戸の作成に挑戦してみました。

枝折り戸をつくってみた

まずは枝折り戸の枠の部分をつくっていきます。

使うのはこの5本の細竹。

竹と竹を組み合わせる箇所に穴を空けます。

ドリルと小刀を使って最小限の大きさの穴を空けました。

穴の大きさの微調整が難しいですが、スポッと入ると気持ちいいですね。

枠組み完成です!

次は竹を割って削いでひご状にし、編みこんでいきます。

まずは対角線でバッテンに交差する筋交いを入れます。

丈夫にするために、編み込む竹皮よりも少し厚めのものにします。

竹枠に少し切れ込みを入れ、筋交いを入れ込みました。

下の木の台は、竹枠を立てて作業しやすくする作業台です。

格子状に編み込み、シュロ縄で交差したところを結んでいけば完成です。

細かい所で失敗してしまった箇所がいくつかありますが、初めてにしてはなんとか形になったと思います。

上の写真で枝折り戸にかかっている竹の輪っかは箍(たが)。

「たがが外れる」なんて言葉がありますが、そのたがのことです。

和樽にハマっているものをよく目にしますが、枝折り戸では錠前の役割を果たします。

日本庭園の枝折り戸を見に行くと針金の輪っかやロープなどで代用していることがありますが、たがも姿を消してしまった日本文化のひとつですね。

これからも日本の伝統技術を一つ一つ覚え自分のものとし、現代の要求に合わせ昇華させる力を身につけていきたいです。

記事・・・飛田亮

枝折り戸作成中・・・

庭において和の風情を醸し出す竹素材の構造物たち。

その代表といえばやはり竹垣でしょうか。

しかし只今私、竹垣よりも竹細工的な要素の強い枝折り戸の作成に挑戦中です。

果たしてうまく作れたのか、来週のブログにてお知らせできればと思います。

日本の伝統文化が根底に流れる竹の仕事は楽しいです。

記事・・・飛田亮